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燕石博物志/故事

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――限りなく小さいあの世には妖怪が棲んでいた
そんな書き出しで始まる同人誌を二人が作る

故事情节

1.他愛も無い二人の博物誌
Our Supernatural History
1.孩子气的二人的博物志
我们的超自然的历史
 「――よーし、大分出来上がってるねぇ」
 「残りは、体験談とエッセイだけね。
  というか、進んでないのはメリーの担当のところだけじゃない」
 「ばれた?」
 「誰が言い出しっぺだっけ?」
 供給過多となった商品は価値が下がるように、人類全てが裕福になるという事は、この世から金持ちがいなくなる事と同義である。
 情報が電子に記録されるようになってから、膨大な情報が瞬時に手に入るようになった。それと同時に原始より絶対的な権力を持っていた、 () () () は価値を失った。
 代わりに絶大な価値を手に入れたのが、質だ。
 中でも個人しか持たない特殊な情報は、世の質的セレブ達を熱狂させるのだった。
2.凍り付いた永遠の都
Unstained Dystopia
2.冻结的永远之都
纯净的反乌托邦
 「二人の本を作りたいって言ってきたのはメリーでしょ?」
 「そうでした。
  でも、文章を書くのって、結構疲れるからねぇ」
 「疲れない作業に楽しい事なんて無いのよ。
  誰もが思い通りになる便利な世界程、退屈なディストピアは無いわ」
 情報の電子化が進みきった世界では、電子書籍という物は存在しない。電子書籍はあくまでも元の本ありきで生まれた物である。だから、本と言えば、紙の本を指していた。
 マエリベリー・ハーン(メリー)の思いつきで、二人が見てきた不思議な世界を本にする事になった。どうやら、自分の見ている世界がタダの夢ではない事が判ってきたからだ。
3.Dr.レイテンシーの眠れなくなる瞳
Dr. Latency's Freak Report
3.拖延症博士的不眠之瞳
拖延症博士的怪异报告
 巫女、イタコ、霊能者、超能力者、経済学者……。
 見えない筈の物を見る瞳の持ち主は昔から居た。それらは全てインチキ扱いされる対象となっていた。メリーの瞳も、ウイルスに依る譫妄と診断されることもあった。
 だが、お酒を呑み冷静になったときにふと思うのだ
 目に見えない物が否定されるのならば、観測不可能な物理学も、遠すぎて手の届かない天文学も、もう妄想の域じゃないかと。
 それらが事実としてこの世に君臨するのなら、メリーの瞳は事実を超えた真実と言っても良いのではないか。
 宇佐見蓮子にはメリーが、妄言を吐く物理学者の目を覚まさせる真実学者に見えていた。
 「書くのが面倒なら、今ここで語ってくれても良いのよ?
  後で文章に起こすから」
 「あら、蓮子はそんなことも出来るのね、助かるわー。
  じゃあ早速、この間ねぇ……」
4.九月のパンプキン
Parallel Communication
4.九月的南瓜
并行通信
 同じ場所に居て違う物を見る事なんてあるのだろうか。
 最近、メリーはいくつもの世界を同時に見る事があるのだという。メリーによると、人はそれぞれ僅かに異なる世界を見ているのだという。興味深い事に、違う世界を見ていてもコミュニケーションは成り立つらしい。
 メリーは不思議な話をし始めた。
 一部の人間だけが見ている変わった世界の話だった。
 そこには極めて小さい世界で起こる、この世の常識が成立しない奇妙な世界の話だった。素粒子が空間も時空も飛び越える、奇妙な世界だ。
 「……一部の人間って、物理学者の事?」
 「ご名答。流石ね。
  でもね、その常識が通用しない世界に、不思議な生命体が潜んでいる事は知らないでしょう?」
5.須臾はプランクを超えて
Very Very Short Time
5.须臾间超过普朗克
极其短暂的时间
 メリーによると、フォトンが支配する人間が見ている世界を『この世』とすると、別の量子が支配する『あの世』に相当する世界も無数に存在するそうだ。そして『あの世』にはまた、生命体が棲んでいるというのだ。
 「その、目に見えないけど身近に存在して、 () () () によって現れる事もある生命体って、妖怪の事だと思うの」
 「妖怪……。
  そういうと突然ファニーに聞こえるけど」
 「まあ、天使でも悪魔でも幽霊でもUMAでも何でも良いんだけど、姿は見えないけど事象は確かに存在する、という物だと考えると妖怪が一番しっくりくるかなぁ」
 確かに昔から妖怪の存在は肯定されていた。
 しかし、世界が反証可能性を問われる科学哲学に支配されると、妖怪の話題は消えていったのだ。
6.シュレディンガーの化猫
Schrodinger's Black Cat
6.薛定谔的妖怪猫
薛定谔的黑猫
 「妖怪はどこに消えたのかなぁ、と考えていたらね、見えて来たの。今も妖怪の棲む世界が」
 「それってもしかして、別のブレーンワールド……」
 「何それ」
 「物理学者にしか見えない世界の一つよ」
 地理的、地学的か、それとも偶然か判らないが、昔から別の世界が見えやすい場所の事を聖地と呼んでいた。神社なんかはまさに聖地だ。
 神社で猫を見たというメリー。
 しかしその猫は、決して誰の目にも留まること無く、障害物に当たることも無く自由に動き回っていたらしい。
 メリーにはすぐに判った。あれは量子の隙間に潜む、妖怪猫だと。
 「へぇ、量子的に観測不可能な猫……。
  観測するまで生きてもいるし死んでもいる。
  まるでシュレディンガーの猫のようね」
 「私が観測したので、生きている事で確定したけどね」
7.空中に沈む輝針城
Gravitino World
7.沉向空中的辉针城
重力微子的世界
 メリーの言う、『あの世』とは生き物が居るだけで無く、常識の通用しない奇妙な世界らしい。
 「お城が浮いているのも見た事があるわ。
  しかも逆さまになって」
 「グラビトンの構成が異なれば性質も異なる。
  メリーが見たのはそういう別のブレーンなのかもね」
 「不思議と懐かしい感じがしたのよねぇ。
  良いわよねぇ、木造の天守閣って」
 「え、そっち?
  お城ってシンデレラ城の様な物を想像してたんだけど」
 「どっちかって言うと () () の方」
 不思議な世界の話を何処か楽しげに話すメリーだったが、ふと何かを思い出して身を震わせた。
 どうやら楽しい思い出だけでは無いようだ。
8.禁忌の膜壁
Another Membrane
8.禁忌的膜壁
另一层膜
 幻視が出来る物理学者によると、この世は薄い膜(メンブレーン)のような物で出来ているらしい。そしてそのブレーンがいくつも存在するのだとか。
 メリーが見ているのはそのブレーンワールドなのだろうか。
 彼女曰く「この世とあの世の間には、ちょっとした境目があって、そこには往来を強く拒む、何かがある。ちょっとしたコツを掴めば簡単に渡れるようになる」そうだ。
 「その往来を拒む何かって、三途の河じゃないの?」
 「多分、昔の () () () 人はそう名付けたんでしょうねぇ」
 ブレーンは河の流れにさらされた染め物の様な物なのだろうか。
 染め物に書かれた模様が、上手に河を渡り、別の染め物に移る。簡単に言うと、メリーの行動はそんな事なのかも知れない。もちろん、簡単には出来ないけど。
 だけど、別の染め物に模様が移ってしまったらどうなる?
 それは模様では無く、汚れとして認識されてしまうだろう。
 「――異物が混入したら、排除しないと」
 「え? どうしたのメリー。
  何か上の空だけど」
 「あ、え?
  私、何処まで話したっけ?」
 「『あの世』で見た物の話よ。
  メリーが見てきた物を纏めて博物誌を作るというのが、この本のテーマなんだから」
9.故郷の星が映る海
Unstained See
9.故乡之星倒映之海
纯净之海
 ダイバーシティに富んだ森を見た。
 低地を好む生物を寄せ付けない誇り高き霊山を見た。
 神秘的な霧で奥の深い湖を見た
 そこには美しいだけでは無い、自然があった。
 これらが目に見えない量子の世界の隙間に、潜り込んでいた。
 ところで、性質の異なる量子が支配するブレーンに行くと、一体どうなるのだろうか。
 メリーは思い出して、恐怖に顔を歪めた。
10.ピュアヒューリーズ ~ 心の在処
Pure Furies
10.纯粹之怒 ~ 心之所在
纯粹之怒
 「私を見つけると、そこに棲む妖怪達が襲ってくるのよ」
 「ええ?
  って、何かメリーって化け物に襲われる癖があるね」
 「まあもう慣れたわよ。
  やっぱり、異物だって判るんでしょうね。
  私から見たら、妖怪達はゆらいで見えるように、相手からも
  私が幽霊のように見えるのかもしれないわ」
 形の無い量子達が縦横無尽に真空を駆け回る様に、妖怪も空を飛んで襲いかかって来たという。
 「で、どんな妖怪だったの?
  河童? 天狗?」
 「人型だったわ。
  でもね、『あの世』の世界では姿は意味を持たないのよ」
 せめて意思疎通が出来れば、と思う間もなく、メリーは夢から覚めていた。
11.永遠の三日天下
Everyday Affairs
11.永远的三日天下
日常事务
 「折角だから、最後バトル物っぽくしちゃおうか」
 「博物誌じゃなかったの?」
 「冒険譚みたいな博物誌も受けると思うの。
  ほら、大航海時代の博物学だって、いわば冒険譚でしょう?」
 「ま、文章に起こすのは蓮子だから良いんだけどね」
 「じゃ、そんな感じで改めて取材、始めましょ。
  メリー改め、”Dr.レイテンシー”」
 「……本当にそのペンネームで行くの?
  何か恥ずかしいなぁ」
 「量子の隙間に潜む世界を見る博士だもの。
  ぴったりじゃない。
  男女も判らない、西洋っぽくも東洋っぽくも感じるし」
 内容が内容だけに、著者の詳細は伏せる事にした。
  誰の目で見ても奇異な内容の本だったが、一部のトンデモ本マニアには受けるのかも知れない。
 しかし、これは本当にあった話なのだ。

后记

あとがき 后记
 どうもZUNです。4年ぶりの音楽CDです。
 最近、AIの進化が目覚ましいですよね?
 AIが囲碁チャンピオンに勝ち、人間が描いたとしか思えない絵を描き、小説で賞をかっさらっていく。
 それらは技術的な情報の価値が下がっていく過程に現れる現象です。
 ちょっと前に、絵の描き方、曲の作り方、ゲームの作り方を講義するのが流行ったかと思いますが、人に教える事の出来る物は、AIにも習得できるということです。
 最近は、(本当にそう思っているわけでは無いのですが)つい二言目には息苦しい世界になった、と言ってしまいます。
 その理由は、芸能人、一般人関わらず一回のミスも許されない状況と、怯えて必要以上に謝罪をする企業ばかり見ているからです。
 何故そうなったのでしょうか。
 それは情報の発信が誰でも出来る様になったから……と言うのが第一の理由。
 第二の理由は、情報過多なのに今だ情報の価値が高いまま、だからでしょう。
 思い切って情報信仰を捨ててみると、蓮子とメリーの書いた同人誌(?)を楽しんだり出来るかも知れませんね。
上海アリス幻樂団 ZUN(楽しい事はGoogleで見つからない)